大船鉾

150年ぶり復刻、山鉾巡行のしんがり

前祭の船鉾が出陣船鉾と称されるのに対し凱旋船鉾といわれ、幕末以来の復興を図る。 大船鉾の始まりは、四条町では「祇園社記」の記事に基づき、嘉吉元年(1441年)の建立とされている。。

応仁の乱(1467年)には他の山鉾とともに焼失、23年後の明応9年(1500年)に再興、天明の大火(1788年)で神功皇后の御神面を残して焼失、文化元年(1804年)豪華な鉾として再興も、元治元年(1864年)の禁門の変により木部など多くを焼失の後、休み鉾となっていた。
応仁の乱(1467年)には他の山鉾とともに焼失、23年後の明応9年(1500年)に再興、天明の大火(1788年)で神功皇后の御神面を残して焼失、文化元年(1804年)豪華な鉾として再興も、元治元年(1864年)の禁門の変により木部など多くを焼失の後、休み鉾となっていた。
巡行が終わり、報道陣のインタビューを受ける保存会理事長松居米三さん
巡行が終わり、報道陣のインタビューを受ける保存会理事長松居米三さん
大金幣
文化11(1814)年に製作。縦2.3m・巾1.5m。和紙に金箔押しの巨大な金弊。隔年で南四条町が祭当番の年に使用され、北四条町が当番年のときは消失した龍頭を使用。現在では、大船鉾の象徴。
楫(かじ)
刺繍裂 渡来赤羅紗地 降り龍と波濤の図 木製本体に刺繍、表裏二面と背側の細巾マチ布の三枚。
平成26年祇園祭の注目が後祭復活、大船鉾凱旋に集まり、四条町は連日観衆に取り囲まれ、鉾上拝観は1、2時間待ちの列を作る。

大船鉾ギャルリ

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大船鉾四条町宵山風景

ごあんざん(安産)のごふくたい(腹帯)は♪
これよりでます♪
つね(常)はでません、こんみょうばん(今明晩)かぎり♪
ごしんじん(信心)のおんかたさまは♪
うけてお帰りなされましょ♪

書家の御朱印

四条町ゆかりの書家・窓月庵坐屼(そうげつあんざこつ)先生が目の前でお書きになるというありがたい大船鉾の御朱印。
重 量約12トン
大きさ全長7.47m、幅3.25m、高さ6.35m。船鉾より一回り大きい。
屋 形大屋根部分(高さ3.4m、幅3.25m、奥行き4.5m)
		   艫屋形部分(高さ2.2m、幅1.9m、奥行き1.6m)
車 輪菊水鉾から譲り受け>br />約2メートル

音頭取曳子の指揮者2人。(辻廻しの時は4人)
屋根方
囃 子
曳 子

鉾データ

重 量
約12トン
大きさ
全長7.47m、幅3.25m、高さ6.35m。
船鉾より一回り大きい。
屋 形
大屋根部分(高さ3.4m、幅3.25m、奥行き4.5m)
艫屋形部分(高さ2.2m、幅1.9m、奥行き1.6m)
車 輪
菊水鉾から譲り受け>br />約2メートル
音頭取
曳子の指揮者2人。(辻廻しの時は4人)
屋根方
囃 子
曳 子
7月10日吉符入り
7月18日鉾建て船体組上、縄掛け
7月19日六本柱・屋根掛け、懸装品掛け
7月20日車掛け 午前8時頃
清祓い 午前9時頃〜
御披露目会、鏡開き 午前10時頃〜
曳初 午後2時頃
鉾拝観7月20日 午後6時〜9時30分
7月21〜22日 午前10時〜9時30分
7月23日 午前10時〜9時
11月12日お火焚き祭
牛頭天王御神号の軸、神功皇后御神面を祀り火の安全をお願いする儀式

関連行事

7月10日
吉符入り
7月18日
鉾建て
船体組上、縄掛け
7月19日
六本柱・屋根掛け、懸装品掛け
7月20日
車掛け 午前8時頃
清祓い 午前9時頃〜
御披露目会、鏡開き 午前10時頃〜
曳初 午後2時頃
鉾拝観
7月20日 午後6時〜9時30分
7月21〜22日 午前10時〜9時30分
7月23日 午前10時〜9時
11月12日
お火焚き祭
牛頭天王御神号の軸、神功皇后御神面を祀り火の安全をお願いする儀式

公式サイト

http://www.ofunehoko.jp

下京区新町通四条下る四条町359