三条会商店街のアーケードを抜けて堀川通を横切ると、 旧三条台村をあとにすることになる。
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中御座は東へ東へと進み室町三条で差し上げられた。
そして、まだまだ元気な子供の声で、烏丸通を横切ってからのことである。
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東洞院三条の交差点に差し掛かると、祇藤会の者は神輿に集まり、
 他の三若の輿丁の誰もが肩を抜く。
祇藤会に属する輿丁に、ここで譲るというのは暗黙の了解のようだ。
それは、祇藤会の法被だけで神輿が担がれることになる。
吉川副幹事長の手にはマイクはなかった。
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「差せー」との声が飛んだ。
拡声器を口にあてていたのは祇藤会会長源田である。
 輿丁の手が高々と中御座を差し上げた。
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三若の旗が大きく棚引く。
提灯の明かりは揺れ、鳴りカンが激しく音を刻んだ。
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「てっちゃーん!!」「おじきーっ!!」との呼び声も、 中京郵便局の壁にこだまして響いている。
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奥田哲郎への追悼の魂振りだったのである。
 聞くと、他界した年の還幸祭から毎年やっているとのことだった。
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さらに三条通を東へ、携帯電話が鳴った。
「隣の奥田さんとこから、神輿かきの手締めの声がしてるけど・・・」と。
 奥田を崇拝する輿丁が東洞院六角に数人立っているに違いない。
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衰退していた三若の輿丁の育成と勢力拡大に果たした功績は誰もが知るところである。
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荒くれ男だろうが、神輿の下に統率した奥田哲郎は京の語り草だ。
世話になった若衆がどれほどいるか・・・。
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今、これだけの輿丁を連れて、中御座三若神輿が石段下まで還ってきた。
 奥田はどんな顔して観ているだろうか・・・。
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翌朝、近所の飲食店の主の話では、昼間と夜と二回聞くという。
祇藤会の輿丁にも聞くが、
どの会の誰なのかは、誰も分からないという。

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拝殿回しも終わらんとしている。
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泣いても、笑っても、三若の出番はここで終わりかと眺めていた。

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すると、三若神輿会本部役員が取り囲み提灯を外す中に、
 たった一人輿丁が混じり、
黙々と縄を解いているのを見つけた。
祇藤会奥田一尚だった。
心中察しきれないが、
その眼光に、将来、会を背負っていくであろう覚悟を感じるのは小生だけではあるまい。