神の化身となり、中御座を祇園八坂に導く

7/17、神幸祭を先導。
7/17、神幸祭を先導。

久世駒形稚児は、綾戸國中神社(南区久世上久世町)の氏子から毎年2人が選ばれる。

この神社の御神体は「三種の神器(勾玉・剣・鏡)」が大半である中、全国的にもめずらしい「駒形(馬の首の彫り物)」という。
「國中社は素盞鳴尊の荒御魂なり。八坂郷祗園社は素盞鳴尊の和御魂なり。依って一体にして二神、二神にして一体で神秘の極みなり。」という。
駒形稚児は、舞台化粧と同様の厚化粧で登場、額に黒と白の点を付ける。
平成25年 久世駒形稚児には、初の双子、久世西小4年生後藤 大河(たいが)君 と日向(ひゅうが)君 が選ばれた。

御神体の駒形が胸に
御神体の駒形が胸に

13日午後の「稚児社参」では2名揃って白の狩衣に紫紋入りの括り袴、金の烏帽子で登場した。
写真は本年の稚児社参へ

神幸祭・還幸祭では1名ずつ登場、衣装は同じだが稚児天冠を被り、胸に國中神社の御神体である木彫りの馬の首(駒形)を胸に掛け、馬に乗って素戔嗚尊(すさのおのみこと)の和御魂(にぎみたま)が鎮まる中御座神輿(なかござみこし)の先導を務める。

神幸祭に先立ち八坂神社で行われる神事により駒形稚児は素戔嗚尊の荒御魂(あらみたま)の鎮まる御神体と一体となり、それ自身が神の化身として役目 を終えるまで一切地に足を着けずに務める。通常は神社の境内では長刀鉾の稚児はもとより皇族であっても下馬しなければならない(皇族下馬)が、久世駒形稚児は八坂神社境内に入っても下馬せず騎馬のまま本殿に乗りつける。

古文書に「御神幸の七月十七日に訓世の駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ。若し此の駒故なくしてお滞りあるときは、必ず疫病流行し人々大いに悩む。」とも伝えられている。

八坂の大神たちが、四条御旅所に鎮座され1週間、いよいよ神社にお帰りになる還幸祭の7月24日、久世駒形稚児が錦天満宮より中御座を先導するため、四条御旅所にお出ましになるところを追った。
稚児は還幸祭出発に際し錦天満宮にて玉串奉典し、還幸祭に臨んだ。

 

還幸祭の夕日に稚児天冠、駒形が輝く
還幸祭の夕日に稚児天冠、駒形が輝く


準備が整いの御旅所から中御座が出された。還幸祭が始まった
準備が整いの御旅所から中御座が出された。還幸祭が始まった