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(三条台村にあたる三条会商店街のアーケードの中にある、八坂神社境外末社 又旅社)
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(神泉苑三条を下がると・・・三若の会所である。)
三若神輿会は、往古の時代に、八坂神社(祇園社)の宮座、
つまり、
神社の祭事に関係する村落内の特権的な集団として、神輿渡御の神事祭礼を取り仕切っていた。
神輿会のメンバーはその子孫にあたる人らである。

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三条台村は、農家や材木商を生業にする地主が多く、
祇園の祭礼には私財を寄進し祭事運営に務め、伝統を継承してきたところであった。
三若の会所の土地、建物も、それらの名残のひとつである。

祇園祭三若神輿会の会長・副会長の姿も見える。

その会所に集い、神輿の輿丁とともに祭礼準備をする姿を見た。

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その誇り高き宮座の組織は、壁に掲げられた構成で現在に引き継がれている。

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「・・・、三条台村に棲まう家の長男でないと、会には入れてはならない仕来りがあります。
次男といえど、新しい会員にすることができないのです。
・・・ 現代の状況や将来を考えると、この仕来りにも改革が迫られていると思っています。
今年、本筋は外さず、地縁のある方を迎えられるよう準会員の制度を設けることにしました。」

と、三若神輿会吉川和男会長は話してくれた。

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新しく参与を委嘱される人用の無地の木札が、机の上に置かれていた。
この木札にも誇りと拘わりがあった。

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神輿を担ぎあげる轅に跨る、横棒から切り出したもの以外は駄目だという。
神輿へのこの上ない執着がそうさせるのであろう。

壁に架かる木札の文字も、このご老体が書かれたのであろう。

襷(たすき)に運ばれる筆の文字と同じある。

その襷は神輿会役員が祭礼時に肩に架けるものであった。

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「なぜ滲まないのか」と問うと、ニヤッと笑いを浮かべながら、

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「不思議どすやろ、いろいろと工夫が・・・、混ぜ具合が難しおす。
書いて残すにも書きようがないんどす。黒は青と赤の染料で、それを水で・・・」

と、ゆっくりとした口調で、穏やかに説明してくれた。

「わしは二男坊やさかい、成りとうても会員になれしまへん。

ほんで、こうやって出来ることをやってますねんや」
「先も長ないので・・・あと誰が書くのか心配どすな。これからはパソコンで打つんかいなぁ・・・」
と。