祇園祭といえば、誰もが山鉾巡行と口を揃える。日本三大祭の一つとして挙げられ、

コンチキチンと、人々に愛される祭であることは嬉しい限りで、願ってもないことだ。

 しかし、室町時代以前には山鉾巡行はなかった。

貞観十一年(869年)、疫病を鎮める祈りを込めて、卜部日良麿(うらべひらまろ)が神泉苑に66本の矛を立て、神輿三基を送り牛頭天王(ごずてんのう)を祀り、御霊会(ごりょうえ)を行ったのが祇園祭の起源で、山鉾巡行は安和3年(970年)より室町界隈で毎年行われるようになったものと聞く。

疫病退散の御霊会に、神輿が氏子町を練り、

町や国々に散乱する厄を拾い集めて還ると言われる。

その神輿を担ぐ輿丁は白の死に装束を身に纏い臨むのである。

これが祇園祭であり、

その門出となる吉符入りの儀式こそが、真のプロローグに当たるのではないか。

 

そんな思いを抱いたのが、

三若台若中会所を訪れたのが7月1日 、

その日のことを書き留め、

写真を添えたものがある。
是非、目を通して貰いたい。

http://kyoto-brand.com/read_column.php?cid=5463

文 /    五所光一郎